「いいものを作れば売れる」の呪縛。伝統産業が自社ブランドで躓く3つの構造的理由

「触ってもらえれば分かる」が通用しない時代

地方の産地を回り、工場の会議室で新商品の試作品を見せていただくとき、経営者や職人の方から必ずと言っていいほど聞く言葉があります。

「これ、触ってもらえれば違いが分かるんです」

「一度使ってもらえれば、良さが伝わるはずなんです」

確かに、その織物の手触りは滑らかで、その器の口当たりは素晴らしいものです。技術力は疑いようがありません。しかし、残酷な事実として、その商品は「売れていない」からこそ、私たちのような外部の人間に相談が来ています。

「いいものを作れば売れる」。

これは伝統産業を支えてきた誇り高い精神ですが、現代の市場、特に自社ブランド(BtoC)に挑戦する場面においては、時に経営を圧迫する「呪縛」になります。

今回は、なぜ「高品質」が必ずしも「高収益」に結びつかないのか。その構造的なズレと、どう向き合うべきかを一緒に考えていきましょう。

何が起きているか:スペックと価値の「ボタンの掛け違い」

なぜ、技術的に劣る(ように見える)他社製品が売れ、自社のこだわりの逸品が在庫の山になるのか。現場で起きているのは、

「品質(スペック)」と「価値(ベネフィット)」の混同です。

作り手の「品質」≠ 使い手の「価値」

作り手にとっての品質とは、「糸の番手が細かい」「染めの工程が複雑」「耐久年数が長い」といったスペックです。

一方、使い手(顧客)にとっての価値とは、「肌が弱くてもチクチクしない」「食卓がカフェのように見える」「手入れが楽で毎日使える」という体験(ベネフィット)です。

多くの伝統産業の現場では、スペックの高さを必死にアピールしますが、顧客はスペックそのものが欲しいわけではありません。そのスペックがもたらす「嬉しい体験」にお金を払うのです。ここが翻訳されていないため、顧客には「なんだか高そうな(でも自分には関係ない)もの」としてスルーされてしまいます。

なぜ起きるか(構造):製造業と小売業のOSの違い

このズレは、単なる勉強不足ではなく、事業構造(OS)の違いに起因します。OEM(下請け製造)と自社ブランド(小売)では、求められる能力が正反対だからです。

原因1:プロダクトアウトの極致(顧客不在)

伝統産業の多くは、「技術の継承」が至上命題です。「この技術で何が作れるか」が出発点になりがちです。

しかし、市場は「顧客の課題解決」を求めています。「顧客が何を欲しているか」から逆算して技術を使うマーケットインの発想への切り替えは、口で言うほど簡単ではありません。長年染み付いた「良いもの=技術的に高度なもの」という定義を変える必要があるからです。

原因2:「翻訳者」の不在

職人言葉と顧客言葉は、日本語とスワヒリ語くらい違います。

「先染めの強撚糸を使っているからシャリ感がある」と言われても、一般顧客はピンときません。「夏でも汗で肌に張り付かず、涼しく着られます」と言い換える翻訳者が社内にいないのです。多くの場合、作り手がそのまま売り場に立ったり、Webサイトの文章を書いたりするため、専門用語の羅列になってしまいます。

原因3:流通・伝達コストの見積もり甘さ

「良いもの」を作ることにコストをかけすぎて、「それを届けること」への予算が残っていないケースも散見されます。

自社ブランドをやるということは、これまで問屋や小売店が担っていた「集客・接客・配送・アフターフォロー」をすべて自社でやるということです。原価率を高く設定しすぎると、広告も打てず、写真もプロに頼めず、誰にも知られないまま終わります。

判断の基準:自社ブランドをやるべきか、OEMを極めるべきか

ここで冷静な判断が必要です。「うちは下請けだからダメなんだ、自社ブランドを持たねば」と安易に考えるのは危険です。

判断基準のルール

1:「翻訳」を楽しめるか?

自分たちの技術を、顧客の生活文脈に合わせて柔軟に変える覚悟があるなら、ブランド化は進めるべきです。「今の形のまま売りたい」なら、その価値がわかるニッチな販路を探すか、OEMとして技術力を磨き、営業力を強化する方が正解かもしれません。

2:PL(損益計算書)の構造を変えられるか?

自社ブランドをやるなら、製造原価以外の販管費(マーケティング、物流、制作費)がかさみます。製造現場が「こんなに安く作れるか」と反発するレベルの原価率設定が必要になることもあります。この社内摩擦に耐え、構造改革できるリーダーシップがあるかが分かれ目です。

次の一手:今日からできる「翻訳」の練習

いきなり新商品を開発したり、高額なECサイトを作る前に、小さく試せることから始めましょう。

  • 専門用語禁止の商品紹介

    自社の商品を、業界用語を一切使わずに説明してみてください。「伝統的工芸品」「〇〇塗り」という言葉を使わず、それが「どんな生活のシーンで、どんな気分にさせてくれるか」だけで魅力を伝えてみる練習です。

  • 「非・顧客」へのヒアリング

    いつも買ってくれる常連さんではなく、自社製品を全く知らない(興味がない)人に商品を見せて、「いくらなら買うか」「何に使えそうか」を聞いてみてください。耳の痛い意見こそが、市場のリアルな声であり、翻訳のヒントになります。

  • 「技術の棚卸し」ではなく「解決できることの棚卸し」

    「何ができるか(技術)」ではなく、「誰のどんな困りごとを解決できるか」という視点で、自社のリソースをリストアップし直してみましょう。

伝統や技術は、守るべき「宝」ですが、ビジネスにおいては「武器」として使いこなさなければ意味がありません。

「いいもの」を「売れるもの」に変えるための翻訳作業。よろしければ、私たちも壁打ち相手になります。


 

久野雄治

事業戦略・ブランディング/AIIT活用コンサルタント

Strategy-Design株式会社

 

新卒で着物の卸売商社に入社し、流通や商品、産地と向き合う現場を経験。

ものづくりの価値と、それを事業として継続させる難しさを実感する中で、作り手・流通・小売・消費者の間にある構造や情報のズレに課題意識を持つようになる。

その後、ストラテジーデザイン株式会社に参画。ITコンサルティングの立場から、業務改善やデジタル活用を通じて、業界を問わず企業経営に伴走してきた。単なる効率化ではなく、経営判断や事業の組み立て方そのものを整理し直す支援を重視している。

また、実践の場として、着物を軸としたメディア・コミュニティ「キモノプラス」を立ち上げ、企画・発信・運営を自ら行う。事業の立ち上げから継続、試行錯誤までを当事者として経験することで、経営者が直面する悩みや判断の重みを自分ごととして捉えている。

現在は、ストラテジーデザイン株式会社にて、AIIT・ブランディング・情報発信を組み合わせながら、「事業が無理なく続く形」を経営者と共に考え、整え、実行していく支援を行っている。正解を押し付けるのではなく、同じ目線で悩み、選択肢を整理し、次の一手を一緒に考える姿勢を大切にしている。