「触ってもらえれば分かる」が通用しない時代
地方の産地を回り、工場の会議室で新商品の試作品を見せていただくとき、経営者や職人の方から必ずと言っていいほど聞く言葉があります。
「これ、触ってもらえれば違いが分かるんです」
「一度使ってもらえれば、良さが伝わるはずなんです」
確かに、その織物の手触りは滑らかで、その器の口当たりは素晴らしいものです。技術力は疑いようがありません。しかし、残酷な事実として、その商品は「売れていない」からこそ、私たちのような外部の人間に相談が来ています。
「いいものを作れば売れる」。
これは伝統産業を支えてきた誇り高い精神ですが、現代の市場、特に自社ブランド(BtoC)に挑戦する場面においては、時に経営を圧迫する「呪縛」になります。
今回は、なぜ「高品質」が必ずしも「高収益」に結びつかないのか。その構造的なズレと、どう向き合うべきかを一緒に考えていきましょう。
何が起きているか:スペックと価値の「ボタンの掛け違い」
なぜ、技術的に劣る(ように見える)他社製品が売れ、自社のこだわりの逸品が在庫の山になるのか。現場で起きているのは、
「品質(スペック)」と「価値(ベネフィット)」の混同です。
作り手の「品質」≠ 使い手の「価値」
作り手にとっての品質とは、「糸の番手が細かい」「染めの工程が複雑」「耐久年数が長い」といったスペックです。
一方、使い手(顧客)にとっての価値とは、「肌が弱くてもチクチクしない」「食卓がカフェのように見える」「手入れが楽で毎日使える」という体験(ベネフィット)です。
多くの伝統産業の現場では、スペックの高さを必死にアピールしますが、顧客はスペックそのものが欲しいわけではありません。そのスペックがもたらす「嬉しい体験」にお金を払うのです。ここが翻訳されていないため、顧客には「なんだか高そうな(でも自分には関係ない)もの」としてスルーされてしまいます。
なぜ起きるか(構造):製造業と小売業のOSの違い
このズレは、単なる勉強不足ではなく、事業構造(OS)の違いに起因します。OEM(下請け製造)と自社ブランド(小売)では、求められる能力が正反対だからです。
原因1:プロダクトアウトの極致(顧客不在)
伝統産業の多くは、「技術の継承」が至上命題です。「この技術で何が作れるか」が出発点になりがちです。
しかし、市場は「顧客の課題解決」を求めています。「顧客が何を欲しているか」から逆算して技術を使うマーケットインの発想への切り替えは、口で言うほど簡単ではありません。長年染み付いた「良いもの=技術的に高度なもの」という定義を変える必要があるからです。
原因2:「翻訳者」の不在
職人言葉と顧客言葉は、日本語とスワヒリ語くらい違います。
「先染めの強撚糸を使っているからシャリ感がある」と言われても、一般顧客はピンときません。「夏でも汗で肌に張り付かず、涼しく着られます」と言い換える翻訳者が社内にいないのです。多くの場合、作り手がそのまま売り場に立ったり、Webサイトの文章を書いたりするため、専門用語の羅列になってしまいます。
原因3:流通・伝達コストの見積もり甘さ
「良いもの」を作ることにコストをかけすぎて、「それを届けること」への予算が残っていないケースも散見されます。
自社ブランドをやるということは、これまで問屋や小売店が担っていた「集客・接客・配送・アフターフォロー」をすべて自社でやるということです。原価率を高く設定しすぎると、広告も打てず、写真もプロに頼めず、誰にも知られないまま終わります。
判断の基準:自社ブランドをやるべきか、OEMを極めるべきか
ここで冷静な判断が必要です。「うちは下請けだからダメなんだ、自社ブランドを持たねば」と安易に考えるのは危険です。
判断基準のルール
1:「翻訳」を楽しめるか?
自分たちの技術を、顧客の生活文脈に合わせて柔軟に変える覚悟があるなら、ブランド化は進めるべきです。「今の形のまま売りたい」なら、その価値がわかるニッチな販路を探すか、OEMとして技術力を磨き、営業力を強化する方が正解かもしれません。
2:PL(損益計算書)の構造を変えられるか?
自社ブランドをやるなら、製造原価以外の販管費(マーケティング、物流、制作費)がかさみます。製造現場が「こんなに安く作れるか」と反発するレベルの原価率設定が必要になることもあります。この社内摩擦に耐え、構造改革できるリーダーシップがあるかが分かれ目です。
次の一手:今日からできる「翻訳」の練習
いきなり新商品を開発したり、高額なECサイトを作る前に、小さく試せることから始めましょう。
専門用語禁止の商品紹介
自社の商品を、業界用語を一切使わずに説明してみてください。「伝統的工芸品」「〇〇塗り」という言葉を使わず、それが「どんな生活のシーンで、どんな気分にさせてくれるか」だけで魅力を伝えてみる練習です。
「非・顧客」へのヒアリング
いつも買ってくれる常連さんではなく、自社製品を全く知らない(興味がない)人に商品を見せて、「いくらなら買うか」「何に使えそうか」を聞いてみてください。耳の痛い意見こそが、市場のリアルな声であり、翻訳のヒントになります。
「技術の棚卸し」ではなく「解決できることの棚卸し」
「何ができるか(技術)」ではなく、「誰のどんな困りごとを解決できるか」という視点で、自社のリソースをリストアップし直してみましょう。
伝統や技術は、守るべき「宝」ですが、ビジネスにおいては「武器」として使いこなさなければ意味がありません。
「いいもの」を「売れるもの」に変えるための翻訳作業。よろしければ、私たちも壁打ち相手になります。