デジタル音痴という言い訳の終わり。AIが突きつける、伝統産業の「生存へのアップデート」

 

今回は、私が長年身を置き、育てていただいた「着物」の業界を題材に、少し踏み込んだ話をしたいと思います。

 もちろん、これからお話しする構造的な課題は、他の伝統産業やローカルビジネスの現場でも全く同じことが起きています。

「過去の勝ちパターン」という成功体験の崩壊。名簿の疲弊が告げる構造的限界

「来月もイベントをやるから、いつもの名簿にDMを打っておいてくれ」

 

これは呉服業界に限らず、高単価な商売の現場で何十年と繰り返されてきた光景です。

 

しかし、かつては10%あった反応率が3%、1%と落ち込み、気づけば会場にいるのはいつもと同じ顔ぶれの数人だけ。

 

「出せば出すほど、お客様が逃げていくのではないか」という閉塞感が現場には漂っています。

 

これまで、多くの経営者はこの状況を打破するために「WEBやSNSで新規客を開拓しなければ」と頭では分かっていました。

 

しかし、「外注する予算がない」「現場にデジタルツールを使いこなせる人材がいない」という理由で立ち止まり、結局は手元の名簿を「焼き畑」にするしか術がなかったのが現実です。

 

しかし今、生成AIの劇的な進化により、この「予算とスキル」というボトルネックは完全に崩壊しました。

 

コストをかけずに改善の取り組みができるようになった現在、私たちが向き合うべきは「できない理由」ではなく、「どう使いこなすか」という経営の意思決定です。

 

「待ちの営業」の限界と、高すぎたデジタルの壁

改めて、従来の集客モデルの何が問題だったのかを構造的に整理します。

 

 最大の欠陥は、販売会を一回きりの「点」のイベントとして捉え、顧客との間に「事前の文脈」を作れていなかったことです。

 

現代の顧客は、いきなり送られてきた案内状だけで数十万、数百万の買い物はしません。

 

必ず事前にスマホで検索し、「どんな人が、どんな想いで扱っているのか」を比較検討します。

 

ここでWEBサイトが古かったり、SNSでの発信が止まっていたりすると、その瞬間に「検討の土俵」から外されます。

 

かつて、この「事前の文脈作り(WEB記事の執筆、SNSの継続的な更新、魅力的な案内状の作成)」には、多大な労力やスキル、もしくは外注費が必要でした。

 

だからこそ、中小企業は手を出せなかったのです。

 

AIが壊したボトルネックと、現場に潜む「新たな罠」

しかし現在、AIツールを使えば、ブログの構成案の作成、文章の推敲、見出しの整理といった「プロに頼んでいた作業」が、月数千円、あるいは無料で、誰でも手元で行えるようになりました。

 

発信の主導権を、ついに現場が取り戻せる時代になったのです。

 

ただ、ここで現場を観察していると、新たな罠にハマるケースが見受けられます。

 

「AIに書かせた、当たり障りのない綺麗事の案内文」が量産されているのです。

 

「四季折々の美しい風情を感じる季節となりました。今回の会では伝統の技が光る……」

 

こうした、どこかの教科書からコピーしてきたような「無臭の言葉」は、誰の心にも刺さりません。

 高単価な伝統商材において、均質化されたメッセージは「私には関係ない」とスルーされるだけでなく、ブランドの情緒的な価値を削ぎ落としてしまいます。

 

 AIは「もっともらしい正解」を出すのは得意ですが、あなたの店で受け継がれてきた「こだわり」や「この商品を届けたいという個人的な偏愛」は、AIの中には落ちていないのです。

 

例えば、「この帯の青色は、今の職人が引退したら二度と出せない色だから、無理をしてでも仕入れてきた」という切迫感。

 

「売れるかどうかは分からないが、この柄の遊び心に惚れ込んだ」という店主の主観。

 

これらは、ネット上のデータを平均化しても絶対に出てこない、あなただけの「一次情報」です。

 

判断の基準:AIに「任せる領域」と「人間が死守する領域」

だからこそ、これからの集客構造において経営者が持つべき判断基準は、AIに「何を任せ、何を任せないか」の明確な線引きです。

 

・任せる領域(構造と作業)

「過去の顧客名簿を購買傾向ごとに整理して」「この箇条書きのメモから、案内状の構成案を作って」といった、構造化やゼロからイチを生み出す時の「壁打ち・下準備」の作業。

 

・死守する領域(肉付けと熱量):

「なぜ今回、その産地の織物を仕入れたのか」「職人とどんなやり取りがあったか」。不器用な言葉であっても、ここは必ず「人間の生の声」で語る必要があります。

 

AIを使ってコストを下げた分、その浮いたリソースを「広く浅く集める」ことではなく、「深く予習して来てもらう」ための文脈作りに投資するのが、これからの勝つ構造です。

 

明日からできる、コストをかけない集客構造の再設計

「文章を書くのが苦手」という方でも、AIを使えば今日から動けます。次回のイベントや商戦期に向けて、以下の小さな一手を試してみてください。

 

1. 現場の「ボヤキ」を音声入力でテキスト化する

スマホの音声入力機能を使い、仕入れの帰り道などに「今回の商品のここがすごかった」「今の業界のこういうところはおかしい」と、独り言をそのまま喋ってください。

 

2. AIに「構成案」だけを作らせる

そのまとまりのないテキストをAIに入れ、「この内容をもとに、次回のイベントに来てほしくなるブログ記事の構成案を作って」と指示します。AIに本文まで書かせるのではなく、骨組みだけを作らせるのがコツです。

 

3. 郵送DMの予算を削り、「事前の1対1相談」を作る

絨毯爆撃のようなDMの発送数を思い切って半分に減らしましょう。そして浮いた予算と時間で、LINE公式アカウントなどを整え、「来店の前に、手持ちの品との組み合わせを画像で事前相談できる窓口」を作ります。AIに相談への返信文のベースを作らせれば、接客コストも大幅に下がります。

 

終わりに

AIという強力なツールによって、発信や顧客管理のコストは極限まで下がりました。しかし、ツールが変わっても「商売の原理原則」は変わりません。

 

最後にモノを言うのは、小手先の効率化ではなく、お客様とどう向き合うかという「スタンス」です。浮いたコストと時間を、顧客との関係性のメンテナンスにどう再投資するか。

 

過去の成功体験に縛られず、新しいツールを「自社の文脈」にどう組み込むか。もし、自社の集客構造の書き換えで行き詰まっている経営者の方がいらっしゃれば、よろしければ一度壁打ちさせてください。

 今のリソースでできる現実的な一手を、一緒に考えましょう。

 

久野雄治

事業戦略・ブランディング/AIIT活用コンサルタント

Strategy-Design株式会社

 

新卒で着物の卸売商社に入社し、流通や商品、産地と向き合う現場を経験。

ものづくりの価値と、それを事業として継続させる難しさを実感する中で、作り手・流通・小売・消費者の間にある構造や情報のズレに課題意識を持つようになる。

その後、ストラテジーデザイン株式会社に参画。ITコンサルティングの立場から、業務改善やデジタル活用を通じて、業界を問わず企業経営に伴走してきた。単なる効率化ではなく、経営判断や事業の組み立て方そのものを整理し直す支援を重視している。

また、実践の場として、着物を軸としたメディア・コミュニティ「キモノプラス」を立ち上げ、企画・発信・運営を自ら行う。事業の立ち上げから継続、試行錯誤までを当事者として経験することで、経営者が直面する悩みや判断の重みを自分ごととして捉えている。

現在は、ストラテジーデザイン株式会社にて、AIIT・ブランディング・情報発信を組み合わせながら、「事業が無理なく続く形」を経営者と共に考え、整え、実行していく支援を行っている。正解を押し付けるのではなく、同じ目線で悩み、選択肢を整理し、次の一手を一緒に考える姿勢を大切にしている。