伝統産業におけるAI活用の「4つの領域」

現場で起きている“よくある違和感”

「AIで着物のデザインを生成しました」というニュースを聞いて、ワクワクするよりも先に「それで伝統と言えるのか?」とモヤッとした感覚を抱く経営者の方は少なくありません。

何が起きているか

現在、多くの伝統産業の現場では、AIの導入が「魔法の杖」か、あるいは「伝統を壊す外敵」かという極端な二択で語られがちです。

しかし、実際に起きている問題はもっと切実です。

「熟練の職人が1時間かけて行っている検品作業が、若手には教えられない」

「数千枚ある過去の図案が紙のまま眠っていて、新しい商品開発に活かせていない」

こうした「人手に頼りすぎた構造的限界」が、産業の持続可能性を奪っています。

なぜ起きるか

伝統産業でAI活用が進みにくい理由は、主に3つの「ズレ」にあります。

  1. 「作る」ことの神格化: 伝統の価値は「苦労して手で作ること」にあるという思い込みが強く、効率化そのものに罪悪感を抱いてしまう。
  2. データの不在: 職人の頭の中にしかない「正解」が言語化・数値化されておらず、AIに学習させる素材が整理されていない。
  3. 出口戦略の欠如: AIで作ったものを「誰に、どう売るか」のストーリーが描けていないため、単なる「安価な量産品」に成り下がってしまう。

活用領域の具体例

伝統産業におけるAIの活用は、大きく4つの領域に分解できます。

1. 意匠の拡張(クリエイティブ支援)

西陣織などの現場では、過去数百年分の図案をAIに学習させ、新しい文様案を10秒で数百パターン生成する試みが始まっています。

  • ポイント: AIに完成品を作らせるのではなく、職人が「自分では思いつかなかったインスピレーション」を得るための「超高速なラフスケッチ」として活用することです。

2. 技術の承継(品質管理の自動化)

織物の「織りキズ」や染め物の「ムラ」を、AIの画像認識で検出します。

  • ポイント: これまで10年以上の経験が必要だった「目利き」をAIが補助することで、若手職人でも一定の品質管理が可能になり、ベテランはより難易度の高い創作活動に時間を割けるようになります。

3. 顧客体験の深化(マッチング)

着物は種類が多すぎて、消費者が「自分に合うもの」を選べないという課題があります。

  • ポイント: 顔写真や過去の購入履歴から、AIが最適な色・柄を提案するコンシェルジュ機能。これは「押し売り」ではなく、消費者の「選ぶ不安」を解消する強力な武器になります。

4. 業務の効率化(言語化と発信)

お礼状の作成、SNSのキャプション書き、海外顧客への多言語対応など。

  • ポイント: 伝統産業の経営者が最も苦手とする「書く・伝える」作業をAIに任せることで、職人が「手を動かす時間」を物理的に増やせます。

判断の基準

AIを導入する際、経営者の方は以下の「付加価値の分岐点」で判断してください。

  • 「効率化」が価値になる場合(AI推奨):
    検品、翻訳、在庫管理、アーカイブのタグ付け。これらは「早ければ早いほど、正確なほど良い」ため、積極的にAIに任せるべきです。
  • 「不効率」が価値になる場合(人間が担当):
    一つひとつの筆致のゆらぎ、顧客との対面での深い対話、ブランドの思想決定。これらは「時間がかかっていること」自体が価値であるため、AIに踏み込ませてはいけません。

次の一手

まずは大きな投資をせず、以下のステップから検討してみてください。

  1. 「紙のアーカイブ」をスキャンする: 将来のAI学習のために、過去の図案や資料をデジタル化することから始めます。これが最大の資産になります。

「職人のつぶやき」を録音する: 職人が作業中に気をつけていることを録音し、AIで文字起こし・要約する。それだけで、世界に一つだけの「マニュアル」の種ができます。

 

 

 

 

久野雄治

事業戦略・ブランディング/AIIT活用コンサルタント

Strategy-Design株式会社

 

新卒で着物の卸売商社に入社し、流通や商品、産地と向き合う現場を経験。

ものづくりの価値と、それを事業として継続させる難しさを実感する中で、作り手・流通・小売・消費者の間にある構造や情報のズレに課題意識を持つようになる。

その後、ストラテジーデザイン株式会社に参画。ITコンサルティングの立場から、業務改善やデジタル活用を通じて、業界を問わず企業経営に伴走してきた。単なる効率化ではなく、経営判断や事業の組み立て方そのものを整理し直す支援を重視している。

また、実践の場として、着物を軸としたメディア・コミュニティ「キモノプラス」を立ち上げ、企画・発信・運営を自ら行う。事業の立ち上げから継続、試行錯誤までを当事者として経験することで、経営者が直面する悩みや判断の重みを自分ごととして捉えている。

現在は、ストラテジーデザイン株式会社にて、AIIT・ブランディング・情報発信を組み合わせながら、「事業が無理なく続く形」を経営者と共に考え、整え、実行していく支援を行っている。正解を押し付けるのではなく、同じ目線で悩み、選択肢を整理し、次の一手を一緒に考える姿勢を大切にしている。